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東京地方裁判所 平成7年(ワ)10798号 判決

原告

山下司

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

八木忠則

赤坂俊哉

被告

株式会社ワールドエースカントリークラブ

右代表者代表取締役

加藤丈能

右訴訟代理人弁護士

関野昭治

新堀富士夫

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求の趣旨

一  被告は原告山下司に対し、金五〇二四万円及びこれに対する平成二年一一月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告栗山雅則に対し、金三〇一五万円及びこれに対する平成二年三月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告指田栄二に対し、金三〇一五万円及びこれに対する平成二年二月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は原告指田幸一に対し、金三〇一五万円及びこれに対する平成二年二月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の原因

1  被告はゴルフ場経営及び建設を主たる業務とする会社であり、平成元年ころ、山梨県都留市小形山字板倉にワールドエースカントリークラブという名称の預託金会員制のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という)を開設することを決定し、会員の募集を開始した。その際の本件ゴルフ場のオープン予定は、平成五年秋とされていた。

2  原告山下司は、平成二年一一月一四日、被告と本件ゴルフ場の会員契約を締結し、同日入会保証金四二〇〇万円、入会金八二四万円(消費税を含む)の合計五〇二四万円を被告に支払った。

原告栗山雅則は、平成二年三月三〇日、被告と本件ゴルフ場の会員契約を締結し、同日入会保証金二五〇〇万円、入会金五一五万円(消費税を含む)の合計三〇一五万円を被告に支払った。

原告指田栄二は、平成二年二月二二日、被告と本件ゴルフ場の会員契約を締結し、同日入会保証金二五〇〇万円、入会金五一五万円(消費税を含む)の合計三〇一五万円を被告に支払った。

原告指田幸一は、平成二年二月二七日、被告と本件ゴルフ場の会員契約を締結し、同日入会保証金二五〇〇万円、入会金五一五万円(消費税を含む)の合計三〇一五万円を被告に支払った。

3  被告は、本件ゴルフ場の会員契約について、次のとおり債務不履行をした。

(一) 本件ゴルフ場のオープン予定は、会員契約上平成五年秋となっていたが、被告は、オープン予定時期のわずか二、三か月前である平成五年七月になって、突然、工事が遅延しており、平成六年春の完成を目指すと会員らに伝えてきた。しかし、平成六年春を過ぎても何ら被告からは連絡がなく、ようやく同年八月になって、今度は平成七年七月一日をオープン予定日であると発表した。ところが、平成七年三月になって、被告は、同年七月二一日にはオープン記念行事を予定しているとのみ会員に伝え、明確なオープン時期を示さなかった。

(二) 平成六年一二月ないし平成七年五月の時点の工事の進行状況、芝の育成状況からすれば、本件ゴルフ場がゴルフ場として必要な芝及び設備等を備えて平成七年七月にオープンすることは実際上不可能であり、オープンは平成七年秋以降になるものと予想された。そうなると、少なくとも二年以上オープンが遅れることになる。

(三) 被告は開場の遅れにつき、コースレイアウトの設計変更が平成六年三月二九日になって山梨県から認可されたことを示し、設計変更となった主たる理由につき、コース予定用地のほぼ中央に位置しており、平成元年一二月には開発許可の対象地から除外していた宗教団体の敷地が平成四年四月に買収できたことを上げている。しかし、実際には、被告は右土地を当初から買い取る計画であったが、買収ができなかったので、とりあえず未買収のまま、いわば見切り発車の形で会員権を販売したのである。実際、原告らが平成二年に被告から受領した本件ゴルフ場の募集パンフレットのコースレイアウト図に右土地も含まれており、被告は、これらの事情を当初より折り込み済みの上、平成五年秋をオープンの予定時期としていたのである。

したがって、開場の遅延は右土地の買収が遅れたことによるものであり、被告の責めに帰すべき事由によるものであることは明白である。

以上のような点を原告らに指摘されたためか、被告は、平成七年三月付けの会員らに対する書面では、工事遅延につき、平成元年一二月の開発許可取得後に付近住民との間で環境汚染防止を目的とする協定を締結したこと、都留市から交通上の危険防止のためのコースの一部設計変更の要請がなされたこと等を上げ、いかにも環境保全が理由であるかのような説明をし、真実の遅延理由である宗教団体の土地の買収については一言も言及しないという有り様であり、原告らの不信は高まるばかりであった。

4  原告らは被告に対し、内容証明郵便により、債務不履行を理由として本件ゴルフ場の会員契約を解除する旨の意思表示をした。解除の意思表示が被告に到達した日は、原告山下にあっては平成六年一二月一九日、原告栗山にあっては平成七年三月一六日、原告指田栄二及び原告指田幸一にあっては同年五月二二日である。

5  よって、原告らは被告に対し、契約解除による現状回復請求として、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2及び4の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。本件ゴルフ場の開場が遅延したのは次のような事情に基づくものであり、被告には債務の不履行はない。

第一は、開発許可取得後、本件ゴルフ場敷地を含む小形山自治会から被告に対し、農薬の使用等に伴う周辺環境汚染の防止についての協議の申入れがあったことによる。当時、全国的に環境保全を理由とするゴルフ場建設反対運動が起こっており、仮に被告が協議に応じなかった場合、周辺住民の反対運動によりゴルフ場建設が頓挫するのは必至の状況であった。そのため、被告は、平成二年五月三一日、同自治会との間で環境保全協定を締結し、その後平成六年まで右協定に基づく協議、調査、対策を行った。また、その最中の平成四年一〇月五日には、地元住民及び都留の環境を守る会等より、動・植物の保護及び景観への配慮を求める要望書が出され、これに対する対策も必要になった。これらの結果として、一部のコース及びクラブハウスの位置を変更する必要が生じたのである。

第二は、コースに隣接して存在する市道について、都留市から、防災上の問題等から新たに建設する進入道路に接続させたい旨のルート変更の要請があり、これに応じたことによる。その結果、従前のコース設計では一部のホールと新たな道路が隣接して危険なため、コース設計変更の必要が生じたのである。

第三は、右作業を行っている間に、当初開発区域から除外してあった用地が確保でき、より適切なコース建設が可能となったため、これに伴う設計変更が必要となったことである。

以上の理由により、本件ゴルフ場建設には設計変更が不可欠な状況となったが、山梨県知事の交代等に伴い、県側が設計変更について慎重な態度となり、そのための協議にも相当な時間を要した。しかし、被告の努力の結果、平成六年三月二九日付けで県より設計変更確認通知等が下りた。右確認通知等がなされてより、工事を担当している建設会社が突貫工事を行い、本件ゴルフ場は完成し、平成七年七月二一日にオープン記念行事を行って正式オープンしたものである。その営業は、芝生の養生のため、当面、金、土、日の週三日のみであるが、会員が現実にゴルフ場として使用できる以上、オープンしているものである。

三  争点

本件ゴルフ場の開場の遅延が被告の会員契約上の債務不履行といえるか。

第三  争点に対する判断

一  本件ゴルフ場の開場の遅延の状況

〈書証省略〉証人水越巌及び同滝沢光の各証言並びに原告山下司の本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は、平成元年一二月二六日、山梨県から本件ゴルフ場についてのゴルフ場等造成事業設計確認を得て、会員の募集を開始した。その時点における本件ゴルフ場の完成及びオープンの予定は、平成五年秋とされていた。原告らは、平成二年二月から同年一一月までの間に本件ゴルフ場の会員権を購入した。

2  右確認が下りた直後ころ、本件ゴルフ場敷地を含む小形山自治会から被告に対し、農薬の使用等に伴う周辺環境汚染の防止についての協議の申入れがされ、被告はこの申入れに応じ、平成二年五月三一日、同自治会との間で環境保全協定を締結し、その後平成五年まで右協定に基づく協議、調査及び対策の立案を行った。また、その最中の平成四年一〇月五日には、地元住民及び都留の環境を守る会より、動・植物の保護及び景観への配慮を求める要望書が出され、これに対する対策も必要になった。

3  一方、平成四年ころ、コースに隣接して存在する市道横吹線について、都留市から被告に対し、防災上の問題等から新たに建設する進入道路に接続させたい旨のルート変更の要請があり、被告はこれに応じることとした。その結果、従前のコース設計では一部のホールと新たな道路が隣接して危険なため、コース設計を変更する必要が生じた。

4  右作業を行っている間に、当初の確認申請の際には買収が未了で、開発区域から除外してあった宗教団体「大日影宮」所有の土地(字大日影四三二一番地二ほか一〇筆及び字栁久保一一五四番地)の買収ができ、より適切なコース建設が可能となった。

5  これらの事情を総合的に考慮して、被告は、平成五年春、一部のコース及びクラブハウスの位置を変更する申請をすることとし、山梨県と内協議の上、同年五月、山梨県に対し、ゴルフ場等造成事業設計変更確認申請をし、平成六年三月二九日付けで設計変更確認通知を受けた。

6  被告は、その後、建設請負業者と協議の上、突貫工事で本件ゴルフ場の完成に向けての作業を行い、平成七年六月二八日、工事完了検査を受けた。

7  被告は、右工事完了前である平成七年三月、会員に対し、工事の進捗率が九〇パーセント程度であることを知らせた上、平成七年七月二一日にオープン記念行事を行う予定であることを通知した。そして、被告は、右予定された日にオープン記念行事を行い、同月二二日から本件ゴルフ場を開場したが、芝の状態が十分でないため、金、土、日の週末三日のみの営業とし、八月二五日までは無料で使用させ、その後料金を徴収することとした。

8  本件ゴルフ場の芝張りは、平成七年三月から七月初めまでの間に行われたものであるが、ゴルフ場における芝の状態は、良好になるまでに少なくとも一年程度かかるのが一般的である。そのため、オープン当時の本件ゴルフ場の芝の状態は悪く、アイアンで球を打つと芝が通常よりも広範囲に飛んでしまう状態であった。しかも、平成七年には梅雨どきに雨が少なく、通年よりも芝の成育状況が悪かったため、平成八年春の時点においても芝の状態は十分でなく、また、芝の刈り込みができないために、刈り込み部分とラフとの区別がつかない状況であった。

このような事情から、被告は、平成七年一一月一三日の口頭弁論期日において陳述した準備書面では、平成八年四月からフルオープン(週末の特定日のみに限られない通年の営業)の予定であると主張し、平成八年五月三一日付けの水越巌(本件ゴルフ場の支配人)の陳述書では同年七月フルオープンする予定であると述べていながら、平成八年六月二八日に行われた証人水越の尋問の際には、同人は、平成八年八月フルオープンの予定であると述べており、本件訴訟係属後においても、日を追ってフルオープンの予定時期が繰り延べられる状況であった。ただし、芝を張った時期等からみて、水越の供述するとおり、平成八年八月ころには、フルオープンすることが期待される状況にあり、これは、当初フルオープンを予定していた平成五年秋から数えて約三年遅れであると認められる。ただし、芝の状態は良好でなく週末の三日のみの営業ではあるとはいえ、本件ゴルフ場が平成七年七月二三日に開業しているのは事実であり、どの程度快適といえるかは別として、会員がゴルフのプレーをすること自体に障害があるわけではない。

二  被告の債務不履行の有無

右認定事実に基づいて、本件ゴルフ場の開場の遅延が被告の会員契約上の債務不履行といえるかどうかについて検討する。

原告らが会員契約の解除の意思表示をした平成六年一二月ないし平成七年五月の時点における本件ゴルフ場の工事の進捗状況からみて、被告が現実に本件ゴルフ場をオープンした平成七年七月二二日おいては、芝の状態が良好といえないことは、被告においてほぼ予測がついたものといえる。右オープンの時点におけるこのような芝の状況、オープン後の営業が週末三日のみに限られていたこと及びフルオープンの予定時期も日を追って繰り延べられる状況であったことに照らせば、右オープンは、一般のゴルフ場に比べて明らかに不良な状態での開場であり、「予定時期の二年以内の開場の遅延であれば社会通念上是認される程度の遅延であり、ゴルフ場建設業者の債務不履行を構成しない」とするいくつかの裁判例を意識した、いわゆる駆け込みオープンの感を否めないものであって、芝の状態が良好となり週末の特定日のみに限られない通年の営業となるのは、当初の予定の約三年遅れである。

ところで、ゴルフ場の開場が遅延した場合において、その遅延がゴルフ場建設業者の債務不履行となるかどうかを判断する際に、いくつかの裁判例において、開場が予定時期の二年以内かどうかが一つの基準として提示され、これに基づいて議論がされるようになってきているが、右の基準は、当該事案を勘案した場合における裁判所の一つの考えであって、それが唯一の基準となるものでないことはいうまでもない。ゴルフ場の開場が予定時期より二年を超えて遅延した場合にも、ゴルフ場建設業者の債務不履行といえない場合があり、逆に、一般のゴルフ場に比べて明らかに不良な状態でゴルフ場が開場された場合には、単に予定時期から二年以内に開場されたという理由だけでゴルフ場建設業者に債務不履行がなかったと断定できるものではない。

このような観点から、本件ゴルフ場の開場の遅延について検討するのに、前記一認定の事実によれば、本件ゴルフ場の開場が遅延したのは、ゴルフ場等造成事業設計の確認を得てゴルフ場建設工事に着手した後、周辺住民や環境保護を求める者から、農薬の使用等に伴う周辺環境を汚染ないし破壊が最小限となるよう配慮し、動・植物の保護及び景観にも配慮するよう求められ、被告がこの申入れに対処し、関係者の意見を聴きつつ計画を変更したことが主要な理由であったと認められる。

なお、都留市から市道についてルート変更の要請があったこと及び当初の確認申請の時点で予定されていなかった宗教団体所有の土地の買収ができたことも開場の遅延の要因になっているものと認められるが、それらは開場の遅延の主たる理由の一つとまでは認められない。原告らは、コース予定地のほぼ中央に位置していた宗教団体の土地の買収の遅れが本件ゴルフ場の開場の遅延の原因であると主張するが、右主張事実を裏付けるに足りる証拠はない。

かつて、ゴルフ場の建設については、地域経済を刺激するという積極面が強調され、いわゆるバブル経済による投資熱と相まって、全国に多数のゴルフ場が建設されたが、その後、ゴルフ場の維持のために多量の農薬が使用され、周辺環境を汚染するという消極面についても注目されるようになり、また、ゴルフ場の建設は自然の豊富な山間部や丘陵に大規模な造成工事を行うものであり、一般の事業に比べて周辺環境への影響が著しく大きいことから、これによって動・植物の生態系が脅かされるというような問題も生じてきている。そのため、ゴルフ場の建設業者は、監督官庁による開発計画の承認(確認)の前後を問わず、このような周辺環境に及ぼす影響を最小限に抑えるために努力すべきことが国民から期待されてきている。そして、開場前のゴルフ場の会員権を購入する者は、ゴルフ場建設に関する資金提供者として、ゴルフ場建設業者が右のような負担を負うことによって被る開場の遅延等の不利益を受忍すべきものといえる。したがって、ゴルフ場建設業者が周辺住民等の前記のような申入れに応じて、ゴルフ場建設業者に課せられた公共の利益を考慮すべき責務を実現するために計画の変更を検討し、それによってゴルフ場の開場が遅延した場合には、建設業者の営業上ないし経済上の都合によって開場が遅延した場合に比して、ゴルフ場建設業者の債務不履行となる範囲はより限定されるものというべきである。

以上の認定判断に基づいて考えると、本件のゴルフ場の開場の遅延の程度及び原因が右認定のとおりである場合、会員権を所有する原告らとしては、右開場の遅延を受忍すべきものであり、これをもって被告に債務不履行があるものということはできない。

三  結論

よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官園尾隆司)

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